1. はじめに
文部科学省は、学校の初等中等教育段階における生成AIの適切な利活用を目的としたガイドライン(Ver. 2.0、令和6年12月26日)を策定しました [1]。本ガイドラインは、急速に進化し社会に普及する生成AIの利便性とリスクを踏まえ、学校現場での混乱や不安を解消し、学習指導要領に示す資質・能力の育成に資するよう、教育関係者のための基本的な方針と実務的なポイントを示すものです [1]。
2. 生成AIに関する基本的な考え方
(1) 人間中心の生成AI利活用
- 「人間中心の原則」:「AI の利用は、憲法及び国際的な規範の保障する基本的人権を侵すものであってはならない。AI は、人々の能力を拡張し、多様な人々の多様な幸せの追求を可能とするために開発され、社会に展開され、活用されるべきである。」という原則が学校現場にも適用されます [1, 2]。
- 生成AIは、人間の能力を補助、拡張し、可能性を広げる有用な道具と捉えるべきです [1, 2]。
- 生成AIの出力はあくまで「参考の一つ」「最適解とは限らない」ことを認識し、最終的な判断と責任は人間が持つことが重要です [1, 2]。
(2) 生成AIの存在を踏まえた情報活用能力の育成強化
- 情報活用能力の重要性:学習指導要領では「情報活用能力(情報モラルを含む)」を学習の基盤となる資質・能力と位置付けています [3, 4]。
- 資質・能力の3つの柱 [4-6]:
- 知識及び技能:情報と情報技術を活用した問題発見・解決方法、情報化の進展が社会に与える役割・影響、法・制度、マナー等を科学的に理解し、適切に活用する技能 [4, 5]。
- 思考力、判断力、表現力等:様々な事象を情報の結びつきとして捉え、複数の情報を結びつけて新たな意味を見いだし、情報技術を効果的に活用する力 [4, 6]。
- 学びに向かう力、人間性等:情報や情報技術を適切かつ効果的に活用し、情報社会に主体的に参画し、発展に寄与しようとする態度 [4, 6]。
- 情報モラル教育の充実:「生成 AI の普及により偽情報が増加する」「フィルターバブル等に子供がさらされている」といった指摘を踏まえ、情報の真偽を確かめる(ファクトチェック)方法を含む情報モラル教育を強化する必要があります [4, 7]。
3. 学校現場において押さえておくべきポイント(共通事項)
以下の5つの観点が、教職員による校務での利活用、児童生徒の学習活動での利活用、教育委員会が押さえておくべきポイントに共通して適用されます [4, 8]。
- ① 安全性を考慮した適正利用:関係法令の遵守、開発者・提供者の想定範囲内での利用、利用規約の確認と遵守が必須です [8, 9]。
- ② 情報セキュリティの確保:文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を参考に、教育情報セキュリティポリシーの策定・遵守が必要です [8, 9]。
- ③ 個人情報やプライバシー、著作権の保護:個人情報保護法等の関係法令の遵守、生成AIと著作権制度の正しい理解が求められます。特に、プロンプトへの個人情報入力や著作権侵害に繋がる利用は厳禁です [9, 10]。
- ④ 公平性の確保:生成AIの学習データやプロンプトに含まれ得るバイアスに留意し、特定の個人・集団への不当な偏見や差別が生じないよう、人間の判断を介在させる必要があります [9, 11]。
- ⑤ 透明性の確保、関係者への説明責任:生成AIサービスの利用目的、態様、リスクに関する情報を関係者(教職員、児童生徒、保護者等)に提供し、説明責任を果たすことが重要です [9, 11]。
4. 各主体における利活用のポイント
4-1. 教職員が校務で利活用する場面
- 基本的な考え方:校務の効率化や質の向上、教職員の働き方改革に繋がることが期待されます。教職員自身が生成AIに慣れ親しみ、利便性や懸念点、賢い付き合い方を知ることは、児童生徒の学びの高度化にも重要です [9, 12]。
- 具体的な利活用例(Box-4参照) [9, 13, 14]:
- 授業準備:教材や確認テスト問題のたたき台作成、授業での発問シミュレーション相手 [13, 15, 16]。
- 部活動:練習メニュー案の作成 [14]。
- 生活指導:アンケート案の作成 [14]。
- 学校運営:時間割・授業時数案の作成、各種お便り・通知文のたたき台作成、校内研修資料のたたき台作成、会議録の要約 [14, 17]。
- 外部対応:保護者会日程調整、講演会挨拶文のたたき台作成 [14, 17]。
- 利活用の際のポイント [9, 14, 18-20]:
- 適正利用:教育委員会の方針に基づき、業務端末や許可を得た端末を利用し、利用規約を遵守します [14, 21]。
- 情報セキュリティ:プロンプトに成績情報等の重要性の高い情報を入力してはなりません(適切なセキュリティ対策が講じられている場合を除く) [18, 22]。
- 個人情報・著作権:個人情報を含むプロンプト入力時は、生成AIサービス提供者が当該個人情報を機械学習に利用しないことを十分に確認する必要があります [18, 19, 22]。著作権法第35条の適用範囲外での著作物利用には注意が必要です [19, 22]。
- 公平性:ハルシネーションやバイアスを意識し、出力内容の採用は教職員が判断します [19, 22]。
- 透明性:教育委員会との情報共有、管理職による利活用状況の把握、働き方改革の趣旨や目的の共通理解促進、成果の共有が重要です [20]。
4-2. 児童生徒が学習活動で利活用する場面
- 基本的な考え方:生成AIは人間の能力を補助、拡張する有用な道具であると理解させつつ、発達の段階や情報活用能力の育成状況に留意し、リスクと懸念に対策を講じた上で利活用を検討します。学習指導要領の資質・能力育成に繋がるか、教育活動の目的達成に効果的であるかが判断基準です [20, 23, 24]。
- 具体的な利活用場面 [23, 24]:
- 生成AI自体を学ぶ場面:仕組み、利便性・リスク、留意点 [23]。
- 使い方を学ぶ場面:より良い回答を引き出す対話スキル、ファクトチェック方法 [23]。
- 各教科等の学びにおいて積極的に用いる場面:問題発見・課題設定、自分の考え形成、異なる考えの整理・比較・深化 [23]。
- 小学校段階の児童:直接利活用には慎重な見極めが必要。情報モラル教育やプログラミング教育の一環として、教師による対話内容の提示などを通じて基本的な事項を学び、冷静な態度を養うことが重要です [23-25]。
- 利活用が考えられる例(Box-5参照) [24-26]:
- 情報モラル教育の一環として、誤りを含む出力を教材に生成AIの性質や限界を学ぶ [25, 27]。
- グループでの議論やアイデア出しの途中段階で、新たな視点を見つけ議論を深める [25, 28]。
- 英会話相手や日本語学習補助として活用 [26, 27]。
- 自作文章の修正を生成AIに依頼し、推敲過程・結果を提出 [26]。
- プログラミング授業でのコード作成 [26, 28]。
- 教科書内容の解説やイメージ出力による深い理解の助け [26]。
- 不適切と考えられる例(Box-5参照) [24, 26, 29]:
- 情報活用能力が不十分な段階での自由な使用 [26]。
- 各種コンクール作品やレポート・小論文等で、生成AIによる生成物をほぼそのまま自己の成果物として応募・提出 [26]。
- 感性や独創性を発揮させたい場面、初発の感想を求める場面での安易な使用 [29]。
- 質の担保された教材を用いる前の安易な利用 [29]。
- 教師の代わりに生成AIの出力のみに頼った評価や指導 [29]。
- 定期考査や小テストでの使用 [29]。
- 利活用の際のポイント [24, 29-32]:
- 適正利用:年齢制限等の利用条件を校長・教師が確認し、保護者の理解を得た上で教師の指導監督の下で利用させます [30, 33]。
- 情報セキュリティ:機械学習を許容しない設定(オプトアウト)が可能な生成AIサービスの利用を推奨します [30]。
- 個人情報・著作権:プロンプトに氏名や写真等の個人情報を入力させないよう指導します [30, 31, 33]。著作権法第35条の適用範囲を理解させます [31, 33]。
- 公平性:出力の偏りを教師が随時判断し、児童生徒にバイアスの存在を理解させ、慎重な判断とファクトチェックを指導します [31, 33]。
- 透明性:生成AIの出力を引用する場合は、利用した生成AIサービスの名称、プロンプト、日付などを明記する引用ルールを設定します [32, 33]。保護者への情報提供と理解促進も重要です [15, 32]。
- 課題に関する留意事項(Box-6参照):読書感想文やレポート等を課題として課す場合、評価視点の設定、口頭発表の機会、生成AIの不適切な利用に関する指導、引用ルールの徹底などが必要です [24, 32, 34, 35]。
4-3. 教育委員会等が押さえておくべきポイント
- 基本的な考え方:教育委員会が主導して制度設計や利活用の方向性を示すことが重要です。一律禁止や義務付けは避け、域内の各学校の実態を踏まえた柔軟な対応が求められます。外部リソースも活用し、先行事例や教材・ノウハウを周知・共有し、教職員研修を通じて適切な利活用を推進する環境を整備する必要があります [35, 36]。
- 適切な利活用のために考慮すべきポイント [36-39]:
- 適正利用:多様なサービス形態に留意し、フィルタリング設定やログ収集等、学校の実態に即した対策を講じます。外部サービスの約款や個別契約内容の適切性を確認します [37]。
- 教育情報セキュリティ:最新の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を踏まえ、教育情報セキュリティポリシーを策定・見直します。個人情報や重要性の高い情報を適切に取り扱う利用環境の構築・運用を検討します [37]。
- 個人情報・著作権:生成AIサービス導入時に「教育データの利活用に係る留意事項」を参照し、個人情報の適切な措置を確認します。著作権侵害のリスクを低減するモデルやサービスの選択も考慮します [38]。
- 公平性:ハルシネーションやバイアス等のリスクは解消されないため、教職員による最終判断が不可欠であることを学校に情報提供し、研修等のサポート体制を整備します [38]。
- 透明性:生成AIサービス導入時には、目的、サービス内容、規約等について丁寧な情報提供と研修を実施します。将来的な費用変動リスクやサービス停止リスクを考慮し、保護者の経済的負担に配慮してサービスを選択することが重要です [38, 39]。
5. 参考資料編
本ガイドラインには、教職員と児童生徒向けのチェック項目、生成AIパイロット校での先行取組事例、学校現場で留意すべき代表的なリスクや懸念の例、活用可能な研修教材等がまとめられています。これらの資料も参考にしながら、生成AIの適切な利活用を進めることが推奨されます [21, 39, 40]。
- リスクと懸念の例(p.28参照) [28, 40-42]:AIに人格があるかのような誤認リスク、資質・能力育成への悪影響リスク、バイアスの存在と公平性の欠如、機密情報・個人情報に関するリスク、著作権に関するリスク、外部サービスの利用に起因するリスクなどが挙げられています。
- 研修教材等(p.29-30参照) [40, 43-45]:文部科学省の教員向け研修動画シリーズ、オンライン研修会、情報モラル学習・教育サイト、教職員支援機構の研修プラットフォーム、文化庁の著作権教材などが紹介されています。
結論:学校現場での生成AI活用に向けて
本ガイドラインは、生成AIが学校教育現場に与える影響を多角的に捉え、その利活用を促進しつつ、内在するリスクに対する具体的な対策と心構えを提示しています。「人間中心の原則」に基づき、教職員と児童生徒が生成AIを賢く使いこなし、主体的に学びを深めるための実践が求められます。
そのためには、教育委員会、学校、教職員、児童生徒、保護者、そしてAI関連事業者が一体となって、情報活用能力の育成、情報モラル教育の充実、そして絶えず進化するAI技術への適応を図っていくことが不可欠です。文部科学省が示すガイドラインを基に、各学校・教育機関が主体的に生成AIとの向き合い方を模索していくことが、これからの教育現場には求められています [40]。